―華夷秩序・戦狼外交との対比を中心に
近代国際関係(modern international relations)は、「主権国家(sovereign states)が互いに平等である」という原理を基盤として成立している。この原理は、ヨーロッパの16〜17世紀に生じた宗教戦争、封建制の崩壊、中央集権国家の形成、そしてウェストファリア条約(1648)などを契機に発達した国際法思想に端を発する。一方で、近代欧州とは異なる文明圏には、国家の平等を前提としない国際秩序思想――たとえば中国の華夷秩序、イスラームの「ダール概念」、インド・東南アジアの「マンダラ型政治秩序」など――が長く存在していた。
序論ではまず、近代国際関係の「平等」とは何を意味するのかを定義し、続く本論で歴史的・思想的背景を分析する。
■ 近代国際関係における「平等」の意味
近代国際法が成立させた国家間平等原則は以下の4点に要約される。
- 主権平等(sovereign equality)
国家は国土・人口・文明程度と無関係に「法的には」完全に平等である。 - 相互承認(mutual recognition)
国家は互いを主権主体として認めることにより、国際社会が構成される。 - 不可干渉原則(non-intervention)
国家は他国の内政に干渉してはならない。 - 国際条約の拘束力(pacta sunt servanda)
国家は自ら合意した条約に拘束される。
これらの概念は、当時の文明圏(中国・イスラーム圏・インド・アフリカなど)に存在した「非対称性」を前提とする国際秩序とは根本的に異なる価値体系を持つ。
以下、本論では近代国際関係を形成した理論的伝統を整理し、非近代的秩序との比較を通じてその特質を明らかにする。
Ⅰ 近代国際関係を成立させた思想的伝統
近代国際関係は、哲学・宗教・政治思想・法思想などが複合しながら形成された。ここでは主として以下の三つの柱に整理して解説する。
- 自然法思想(natural law theory)
- 主権国家論(theory of sovereignty)
- ウェストファリア体制と国際法の制度化
Ⅰ−1 自然法思想の発展
■ 1. ストア派と普遍的法概念
古代ストア派は、宇宙を支配する普遍的理性(ロゴス)が人間に共通する倫理的法を与えると考えた。これが「自然法(natural law)」の源流である。
ストア派自然法は、
- 人間の平等
- 人間の理性の共通性
- 普遍的規範の存在
を前提とする。この普遍性が後の国際法思想に影響を与えた。
■ 2. キリスト教的自然法:アクィナス
中世スコラ哲学では、トマス・アクィナスが自然法を「神の永遠法の反映」として体系化した。
ここで重要なのは、
- すべての人間は神の前で平等
- 地上の権力も神法に従うべし
という理念である。
この「普遍的正義の源泉」が、ヨーロッパ各国が共存するための理論基盤となった。
Ⅰ−2 主権国家論の成立
■ 1. 近代主権理論の誕生
近代主権国家は、宗教戦争と中世封建制の崩壊を背景に成立した。
最初に主権(sovereignty)を明確に定義したのは、
ジャン・ボダン(Jean Bodin, 1530–1596)である。
彼は主権を
-「国家内部では最高の権力」
-「不可分・譲渡不能な権力」
と定義した。
この主権概念が後に「主権平等原則」へと発展する。
■ 2. グロティウスと国際法の誕生
近代国際法の父とされるフーゴー・グロティウス(1583–1645)は、『戦争と平和の法』で、国家にも自然法が適用されるべきと主張した。
重要なのは、
- 国家は神の権威ではなく人間の理性に基づき行動する
- たとえ神が存在しないとしても自然法は成立する
という世俗的法体系を構築した点である。
これにより国際法は宗教や文明をまたぐ普遍性を獲得した。
Ⅰ−3 ウェストファリア体制の形成
■ 1. 条約とその意義
1648年のウェストファリア条約は、一般に「主権国家体制の成立」と解釈される。実際には複雑だが、以下の点が重要である。
- 国家は他国の内政に干渉しない
- 国家は法的に平等である
- 教皇権力の政治的権威の否定
- 多様な宗派の共存を認める
この「非宗教化された政治秩序」は、文明圏の違いを超えて国家を同一の主体として扱うことを可能にした。
■ 2. 「国際社会(international society)」という概念
イギリス学派(Bull, Watson ら)は、近代国際社会を
「相互承認された国家が共通の規範に基づいて秩序を形成する共同体」
と定義した。
この相互承認が、後の国際法秩序を支える。
Ⅱ 国民国家の平等を支える法概念と制度
近代国際関係の平等原則は、国際法と条約体系によって法制度化されてきた。
Ⅱ−1 主権平等の法的根拠
以下の国際文書が主権平等を明示する。
- 国際連盟規約(1919)
- 国連憲章(1945)
- 国連総会決議2625号(1970, 友好関係宣言)
特に国連憲章第2条1項は
「すべての加盟国は主権平等の原則に基づく」
と明記する。
主権平等には
- 法的平等
- 国際法上の権利義務の同等性
- 国家承認の相互性
が含まれる。
Ⅱ−2 不可干渉原則と自決権
近代国際法の根幹をなすのが、
「国内問題への不干渉」
である。
これはウェストファリア的主権と一体である。
また20世紀には
- 植民地からの独立
- 民族自決(self-determination)
が国際法的権利として確立し、国家平等原則を強固にした。
Ⅱ−3 条約法と国際合意の拘束力
国際条約の基本原則は
「合意は守られなければならない(pacta sunt servanda)」
である。
これはローマ法・自然法・近代国際法の伝統を継承し、国家間平等の信頼関係を支える。
Ⅲ 非近代的国際秩序思想との比較
Ⅲ−1 中国の華夷思想
■ 1. 華夷秩序の基本構造
華夷思想とは、
- 中華文明が世界の中心であり
- 周辺の諸民族は「夷」として格下である
という序列的国際秩序観である。
特徴は以下のとおり。
- 文明の優劣を前提とする
- 対等な主権国家の概念が存在しない
- 朝貢(tributary)を通じた上下関係が基本
- 国際法的な対称性がない
このため、近代国際法の平等原則とは根本的に異なる。
Ⅲ−2 戦狼外交と華夷思想の連続性
近年の中国外交における戦狼外交(Wolf Warrior Diplomacy)は、
- 対等な主権国家としての交渉
ではなく、 - 自国の文明的優越を前提とした攻撃的主張
を特徴とする。
研究者の一部は、これを
「復興した華夷秩序意識の現代的表現」
と解釈する。
戦狼外交の背景には
- 中華民族の「歴史的地位回復」概念
- 文明国家論(civilizational state theory)
- 一帯一路による影響圏形成
などがある。
Ⅲ−3 その他の非近代的国際秩序観
■ 1. イスラームのダール概念
イスラーム世界では、世界は
- ダール・アル=イスラーム(イスラームの家)
- ダール・アル=ハルブ(戦争の家)
に二分された。
これは国家ではなく宗教共同体が主体であり、主権国家の平等とは別概念である。
■ 2. インド・東南アジアのマンダラ政治
古代インド・東南アジアでは
- 中心王権と周辺領主が重層的に従属・独立する「マンダラ型」の政治秩序
が存在した。
これは境界線に基づく主権国家とは異なる。
■ 3. 中世ヨーロッパのキリスト教的普遍王権
中世ローマ教皇・神聖ローマ帝国は
「普遍の権威」
を掲げ、国家は対等とみなされなかった。
Ⅳ 近代国際関係と異質秩序との相克
近代国際関係は普遍化したが、完全な普遍化ではない。
Ⅳ-1. 東アジアの近代化と国際法
中国・日本・朝鮮は19世紀に欧州国際法を導入したが、そこには
- 不平等条約
- 文明化の基準
- 日本の脱亜入欧
- 清帝国の戸惑い
が絡む。
Ⅳ-2. 21世紀の国際秩序への挑戦
今日の中国・ロシアは
- 主権国家平等を利用しつつ
- 自国中心の秩序を構築しようとしている。
ここに近代国際秩序の緊張がある。
結論
本論文風解説では、国民国家の平等を基盤とする近代国際関係の形成を以下の流れで整理した。
- 自然法思想が普遍的な規範基盤を与えた
- 主権国家論が国家主体を明確化した
- ウェストファリア体制が国家間の法的平等を制度化した
- 国際法・条約体系がその制度的基礎を築いた
- 中国の華夷思想やイスラームのダール概念など、非対等的秩序思想と対照的である
- 戦狼外交は華夷秩序の現代的変種と解釈できる
近代国際秩序は普遍化したかのように見えるが、文明圏ごとの歴史的経験の違いが、今日の国際政治の摩擦の背景となっている。とくに中国の戦狼外交やロシアの勢力圏論は、近代国家間の平等原則とは異なる世界観を背後に持つ。
国際関係の安定には、
- 主権平等原則の再確認
- 国際法の普遍的妥当性の強化
- 異文化的秩序思想との建設的理解
が不可欠である。
